- 創建
- 応永10年(1403)ないしは明徳4年(1393)
廣園寺の塔頭寺院として開創
- 開山
- 廣園寺第4世・道運慶禅師
- 本堂
- 当院12世・敬堂和尚の代に再建。現在の本堂はこの時のものを今に伝えています。
- 御本尊・祀られる仏様
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本堂中央:本尊「釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)」
脇侍:文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ)
- 塔頭の変遷
- 江戸時代末期、廣園寺周辺には49もの塔頭寺院が連なっていましたが、度重なる火災と大正12年(1923年)の関東大震災を経て現存するのは4ヶ寺。西笑院はその一院です。
- 明治〜昭和
峰尾大休老師
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峰尾大休老師は万延元年(1860)、武蔵国南多摩郡(現・八王子市)に生まれ、明治5年(1872)大安和尚を受業師として兜率山西笑院にて得度。受業師の示寂に伴い、同13年(1880)鎌倉・円覚僧堂に掛錫し今北洪川老師に相見、掛錫を許された。同年、西笑院住職に就任するも参禅を続け、同24年(1891)洪川老師遷化ののちは遺命によって釋宗演老師に参禅し、印可を受ける。
円覚僧堂を辞したのち西笑院に帰山し、堂塔の修復等に勤めるなか、明治31年(1898)本師・宗演老師より招請を受け横浜・寳林寺に晋山、寳林僧堂(のち閉単)師家に就任。また円覚僧堂では宗演老師に代わり師家代参を務め、雲衲の接化にあたった。
明治34年(1901)、埼玉・野火止(現・新座市)の平林寺に晋山(第21世住職)。同36年(1904)には関東初となる妙心寺派専門道場・平林僧堂を開単し、師家として多くの雲衲を育てた。豪放磊落な傑僧として、地域の人々から経済人・文化人に至るまで篤い信望を集めた。
昭和29年(1954)、平林寺にて遷化。世寿94歳。妙心寺585世・妙心寺派管長を歴任。臨済宗十三派が合同した折には臨済宗管長に就任。室号・韜光窟(とうこうくつ)、号・睡足閑人。法語集『韜光窟風懐録』、著書『白隠禅師開莚普説講話』がある。
遺愛千年杖
老師が生涯手放さなかった杖。老師遷化後、当院に奉納。