「臨済宗南禅寺派 兜率山 西笑院」と申します。 応永10年(1403)ないしは明徳4年(1393)の開創と伝えられ、廣園寺の塔頭として今からおよそ620〜630年余りの歴史を持つ禅寺です。 長い年月を経て地域の人々の心の拠り所として歩み続け、今日に至ります。
当院の歴史においてとりわけ特筆すべきは、当院にて得度した峰尾大休老師の存在です。明治・大正・昭和の三代にわたり宗門の要として活躍し、埼玉・野火止の平林寺に関東初の妙心寺派専門道場を開き、後に臨済宗管長の重責をも担われた傑僧が、この西笑院を出発点として歩みを始めました。
- 創建
- 応永10年(1403)ないしは明徳4年(1393)
廣園寺の塔頭寺院として開創 - 開山
- 廣園寺第4世・道運慶禅師
- 本堂
- 当院12世・敬堂和尚の代に再建。現在の本堂はこの時のものを今に伝えています。
- 御本尊・祀られる仏様
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本堂中央:本尊「釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)」
脇侍:文殊菩薩(もんじゅぼさつ)・普賢菩薩(ふげんぼさつ) - 塔頭の変遷
- 江戸時代末期、廣園寺周辺には49もの塔頭寺院が連なっていましたが、度重なる火災と大正12年(1923年)の関東大震災を経て現存するのは4ヶ寺。西笑院はその一院です。
- 明治〜昭和
峰尾大休老師 -
万延元年(1860)、武蔵国南多摩郡(現・八王子市)に生まれる。当院・西笑院にて大安和尚に師事し得度。受業師の示寂ののち、明治12年(1879)鎌倉・円覚僧堂に掛塔し、今北洪川老師・釋宗演老師に参禅、両師より印可を受ける。西笑院に帰参ののち、横浜・寳林僧堂(現在閉単)に晋山。釋宗演老師に代わり円覚僧堂師家代参も務めた。
明治34年(1901)、埼玉・野火止(現・新座市)の平林寺に普山(第21世住職)。同36年(1904)には関東初となる妙心寺派専門道場・平林僧堂を開単し、師家として多くの雲衲を育てた。豪放磊落な傑僧として、地域の人々から経済人・文化人に至るまで篤い信望を集めた。
昭和29年(1954)、平林寺にて遷化。世寿94歳。妙心寺585世・妙心寺派管長を歴任。臨済宗十三派が合同した折には臨済宗管長に就任。室号・韜光窟(とうこうくつ)、号・睡足閑人。法語集『韜光窟風懐録』、著書『白隠禅師開莚普説講話』がある。
峰尾大休老師
遺愛千年杖
老師が生涯手放さなかった杖。老師遷化後、当院に奉納。
老師直筆の扁額(当院所蔵)